YOUTUBEサブチャン動画「『人間的深み』など必要ない小屋暮らし」を投稿しました

YOUTUBEサブチャン動画を投稿しました。

動画URL:https://youtu.be/TQAZBcNJTbo

今回は小屋暮らしに置いて「人間的深み」と言う物がいかに無意味であるか、これまでの僕の「深み」を追い求めた結果しんどい思いをした過去を振り返りつつ述べていった動画になります。

日々、チャットGPTとレスバをして寿命を消費しています。弱者男性です。

今回の件に関しても、「人間的深みとは下らないか否か」についてAIと何度も殴り合いましたよ。

その結果出た結論はこうです。

「人間的深み」と言う物は、時代や共同体、民族、地域、様々な諸条件によって「多くの人に受け入れらる物」が常に変容していく物である。そういった意味で、「深み」と言う物には普遍性が無く、ただその時代その環境で「周囲からの賛同を得られやすい物」を指して「深いね」と評価されるだけの物であるので、それに対していつの時代、どんな環境でも変わらない、歴史的積み重ねの中にある確固たる「人間的衝動・欲求」と比べた時に「下らない」。

ということになりました。

つまりですね、「深い」と言うのはやはりどうあっても「他者からの評価」「他人からの評価」でしか無く、仮に「自己満足」としてただ「自分にだけ当てはまる価値観・論理」を組み立てた所でそれは社会的に見た時に「意味不明で異質で不気味なだけの物」となり、「深み」足り得なくなってしまう訳です。

そう考えた時、常に変化する、ごくごく局所的でしかない「深み」と言う物を重要視するのはいかにくだらないことであることか。

「食べたい」「寝たい」と言った欲求、「怒り」「悲しみ」と言った衝動。これらこそがいつどの時代であっても共通し、上記である「深み」と言った物のいわば根源・上位存在でもある訳で、どちらがより「重要」で、どちらの方がより「下らない」かなんて明らかなんですよね。

いい加減現代社会はそのことを認めて、「他者のため」とか「社会のため」とか「地球のため」とかのたまって「自分は深い人間ですよ」とかアピールしている者の「浅さ」に気が付いて欲しいものですね。

↓ランキングに反映されますので、よろしければクリックお願いします!

ブログランキング・にほんブログ村へにほんブログ村

【お知らせ】